みなさん、こんにちは!
Well-being研究家の大野です。
先日、信用金庫主催の交流会に参加した際、ある社長が溜息をつきながらこうおっしゃっていました。 「最近は若い人との接し方が本当に難しい。指示を出しても、どうもピントがずれてしまうんだよね……」
私はコミュニケーション研修も行っているので、こうした「部下に伝わらない」「若手が指示待ちで動かない」という悩みは本当によく耳にします。
でも、もしみなさんも同じように感じているなら、少し耳の痛い話をさせてください。
あなたの発している言葉は、もしかするとコミュニケーションではなく、ただの「一方通行の独り言」になっているかもしれません。
「言えばわかる」は、ただの思い込み?
辞書で「コミュニケーション」と引くと、こう書いてあります。 「意思や感情、思考を互いに伝え合うこと」
でも、私たちはいつの間にか、この言葉を「社交性がある」とか「仲良くおしゃべりする」といった、表面的なニュアンスで使ってしまいがちです。
ここで一度、立ち止まって考えてみませんか? もしコミュニケーションの本質が「意思の伝達」だとしたら、「コミュニケーション不足」とは一体どんな状態を指すのでしょうか。
単に会話の数が少ないこと? それとも、愛想が悪いこと? いいえ、本当の不足は「伝わっているはずだ」という無意識の過信なんだと考えます。
私たちは「自分の常識」というフィルターで話している
人に何かを伝えるとき、私たちはどれくらい相手のことを考えているでしょうか。 実は、驚くほど「考えていない」ことが多いのです。
- 「この言葉、相手も同じ意味で使っているかな?」
- 「自分の常識は、相手にとっても常識だろうか?」
- 「私の見えている景色と、相手の見ている景色は同じかな?」
無意識のうちに、「自分の言葉=相手もわかる言葉」だと思い込んでいませんか? 日本語同士で話しているから通じて当たり前、そう思ってはいませんか?
しかし、現実は違います。一人ひとりが違う経験をし、違う価値観(フィルター)を持って生きています。自分の「共通言語」は、実は自分だけにしか通じない「方言」のようなものではないでしょうか。
「言う」は手段、「伝わる」がスタートライン
「言った」だけでは、まだ何も始まっていません。 相手がその内容を正しく理解して、初めて「伝わった」ことになります。
- 伝える側: 相手が理解して初めて「伝えた」と言える
- 受け取る側: 理解できて初めて「伝えてもらった」と言える
そう考えると、コミュニケーションは「目的」ではなく、単なる「手段」に過ぎないことがわかります。
その「伝える」の先にあるものは?
さらに一歩踏み込んでみましょう。 「伝える」こと自体も、実は本当の目的ではありません。
「明日の会議は10時です」と伝えるのは、相手に10時に来てもらうため(行動)です。 「お疲れ様」と伝えるのは、相手を労い、関係を円滑にするため(感情の共有)です。
「伝える」という手段の先に、必ず「達成したい目的」があるはずです。
もしあなたが「伝え方が苦手だ」と感じているなら、まずは「言えば伝わる」という思い込みを捨ててみてください。
「どう言えば、相手の頭の中に自分と同じ絵が描けるだろう?」
そう考えることから、本当のコミュニケーションが始まります。
コミュニケーションは奥が深いので今回はこの辺で、したっけね!!


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